全国に支店を持つ中堅問屋を何とか攻略しようと考えていた矢先にたまたま別の問屋さんの営業マンと話す機会がありました。「紹介してもらったので本社から攻略しようと考えているんです」と言う私の話を折って彼は「誰しもが考えそうなことですが、結局は現場の営業マンがポイントですよ。彼らが納得してやる気になってくれなければ全てがそこでストップですから」と話してくれた。正に目から鱗でした。楽をして営業ができるわけではなく、現場を担当している一人一人の魂に訴えて本気度を出してもらうことこそが営業の真髄だと強く響きました。
最高の日
最近占いにのめり込んでいる娘が「お父さん、今日は良い日だったでしょう。占いで最高の日だと出ていたから」と言って聞いてきた。照れ隠しから「特に何もなかったけどなあ」と伝えただけでそれで会話は終わりました。一日を振り返ると朝一番に得意先からラインメッセージで「秋口から大口の注文を出そうと思うが準備は大丈夫か」という内容が届いていました。詳細を確認するとかなり真実味の高い情報でした。偶然に重なったのか、それとも必然なのかどうかは分かりませんが、いつも感じるのは人間の努力も重要ですが、それに加えてそれを越える何かがあるように思います。神仏を重んじる心は決して間違ってはいないことを感じた一日でした。
地震の思い出
遠い遠い昔、1964年だからもう57年も昔のことですが、毎年6月16日になると必ず思い出すのが地震の思い出です。小学校の昼休み時間で、その時足を骨折して休んでいた友人を何人かで見舞いに出かけていた時に大きな地震が起きました。みんな一目散に逃げ出しましたが、何故か私はその友人の母親と二人で友人を担ぎながら命からがら脱出できたことが毎年鮮明に蘇ってきます。不思議なもので何年過ぎてもあの時の光景が脳裏に焼き付いて離れません。
定年延期
前職の日本活魚を訪ねてみました。ちょうどそこに来月定年を迎えるという工場長がいて「本当にお疲れさまでした」と声を掛けました。すると「ありがとうございます。でも定年が延期になって後5年働けることになったんです」というので思わず驚きました。その方針が数年前に出ていたら自分も5年残れたかもしれないと思うと複雑な心境になりました。人生とは実に不思議なもので、あの時退職し、そして今の社長に「うちに来ないか」と誘って貰ったお陰で「まぐろまん」の営業を行うことが出来きました。そしてこんな年になっても今のように誇りをもって前向きに生きられると思うと、あの時呼んでいただいた社長に感謝し、転職出来て本当に良かったとつくづく実感しました。
第1回目のワクチン接種
2週間ほど前かかりつけ医から「ワクチンの希望を受け付けています」との連絡を受け予約しました。そして今日正午がその予定になっていましたのでちょっとドキドキしながら向かいました。小さな町医者なので到着早々簡単なアンケートを記入し検温するとすぐに呼び出されました。胃腸関係やコレステロールのことで以前に診てもらっていましたので医師はその具合を確かめながら早速接種に取り掛かりました。左利きなので右腕を差し出すと直ぐに注射針を打ち込みました。筋肉注射なので痛いという事前情報があり相当緊張していましたが、実際はいつ打ったのかいつ抜いたのか全く気付かないほど無感覚で終わってしまいました。拍子抜けした感じでした。その後待合室で20分程度様子を見ましたが何の変化もないことを看護婦さんに確認してもらい院の外に出ました。帰宅後もしばらく様子を見ていましたが今のところ全く変化はありません。数日間に何か変化があるかもしれないので何とも言えませんが「大丈夫そう」です。
紙面活動
日本食糧新聞がまぐろまんの内容について高評価だということで記事にして掲載してくれました。専門業界紙だけに目に留める方も多いかと思います。特に最近は高齢者施設での需要が高いことからその点を強調した記事になっていました。またそれに伴いまぐろまんの広告を載せることになりました。商品力は抜群のまぐろまんですが、営業力に欠ける点を補うという意味ではこの度の新聞掲載は大いに貢献できるものと期待が高まります。
クレーム危機一髪
ノンクレームを目指して開発した「まぐろまん」ですが、本当に稀に「黒変した」という知らせが届きます。先日も画像が送られてきて事情を聞いてみますと「納品先の料理長から黒変が出たということですが」との内容で、よくよく確認してみると1ヶ月間の賞味期限が既に過ぎていました。そのことを明確にお伝えし、取り扱い方と保存の仕方さえ間違わなければ黒変しない旨をお伝えしてご理解を頂きました。まぐろまんは自然の原料と添加物を使用しないことでの製造なので、賞味期限をしっかり守って使って頂ければ全く問題にならない商品なのでその点も再度確認させて頂きました。
夜の散歩
時々娘と二人で夜の散歩に出かけます。そしていろいろ話し合います。夕べはたまたまyoucubeで見つけた「沈黙の村」と「帰国事業」という番組を見たのでそれについて話しました。
「沈黙の村」とは1941年7月10日ポーランドの小さな村で起きたユダヤ人400名の大量虐殺事件だった。当時のポーランドは東側をソ連に、西側をドイツに占領され二分割されていた。その虐殺は当初はナチスの仕業と言われてきたが、2年前に村人が関わっていたという疑惑が浮上した。国家記憶院が2年間調査した結果「当時ナチスはまだその村付近には展開されていないという事実、そして虐殺は同じ村人40余人が同じ村に住むユダヤ人400人を虐殺した」という結果を発表した。当時は被害国であったポーランドがユダヤ人虐殺に関与していたことを初めて認めることになった。そして動機についても明らかにし、関わった人物たちの実名の公表は証拠不十分として公表しなかった。人口2000名のイエドバブネという村で起きた凄惨な事件だった。
「帰国事業」は1959年に始まった在日を本国(北朝鮮)に帰すという人道事業だった。「地上の楽園」に帰れると夢見て新潟港から渡った在日93340名、その中には7000名の日本人妻もいた。3年たったら里帰りがでることを信じて渡航したが、清津港に到着した彼らは絶句してしまった。地上地獄が始まり、里帰りどころか60年以上も帰ることが出来ず餓死するもの、病死するものが絶えなかった。生き残っても差別を受け、反逆者のレッテルを貼られて悲惨極まりない生活を送ることになった。その全貌は全く明らかにされていない。
この2つの出来事を見ながら「我々にも何かできることがあるかもしれない」「日本人として出来ることを考えよう」と話しているうちに1万歩に達しました。
マグロ原料の高騰
「需要と供給のバランスが崩れています。一昨年にインド洋での漁獲規制があり漁獲できていません。太平洋や西経漁場も同じです。またコロナも大きな要因です。輸送手段が止まっています。中国や台湾には原料在庫はありますが、日本の状況を見据えて出して来ません。相場を見ています。日本は7月の手配は終わりましたが年末に際しての手当てが始まっています。このコロナが終わった後の需要を見込んでいます。各社の思惑で動いておりますので中小の企業は見ているだけです。40年に一度あるかの事態になっております。」
念願のディスクトップ
年を取って一番障害を受けているのが目です。4年前に白内障の手術を行い、10日前に緑内障のレーザー手術を受けました。経過は順調ですが長時間のPC作業ではどうしても負担が大きいです。ノートとタブレットで賄ってきましたが、今日念願のデスクトップが入りました。PCは決して得意な方ではないですが幸い技術面をサポートしてもらえる良きパートナーに恵まれて、何かにつけて聞き捲っています。ノートやタブレットにはないキーボードの感覚も非常に好調で仕事の能率が捗りそうです。ウキウキしてきました。